世界の大勢を全く鑑みずに海外旅行してみた話~承
私が言い出した今回のイタリア旅行だが、同行者のベイ夫が一つだけリクエストを出した。
「折角ならレオナルド・ダヴィンチの最後の晩餐を観ようよ」
というわけでミラノ観光があるパックに申し込んだのだが、折悪くパリでテロが発生し、イタリア経済の中心地であるミラノは(当然ながら)厳重警戒態勢に入ってしまう。
正直私はどっちかっていうとダヴィンチよりミケランジェロが好きという嗜好なので、この際プランの変更も辞さない構えであった。
ではあるのだが、いつも私の好きにさせてくれるベイ夫が「行きたい行きたい」と珍しく主張したので、そのままプラン変更をせずに日本を発ったのである。
イタリア二日目、無事にミラノ観光に出た我々一向だったが、ヴィット―リオ・エマヌエーレ二世のガレリアを抜けた広場には武装した兵士たちがウヨウヨいた。
スカラ座広場もガレリアも警備されていたが、イタリアが誇るミラノ大聖堂は違う。
自動小銃をぶら下げ、迷彩の軍服を着たガチの軍人が警備し、入場検査も行っていた。
お仕事中の兵士をあまり接写するのも失礼なので遠めの写真しかないのが、50メートルおきに兵士が巡回していて、大きな荷物を持っている人は職務質問されていた。
もちろん私も大聖堂内を見学するのに、持ち物検査を受けなくてはいけない。
自動小銃ベレッタAR70/ 90を肩から掛けた重装備の兵士にかばんの中身とポケットの中身を見せた。
お気づきのことと思うが、写真に写っている猫のぬいぐるみ「ねこ太郎」を私は常に携帯している。
パスポート、チケットと共に当然ねこ太郎も見せなくてはいけない。
不審物に思われたら嫌だな~、まあ不審物チェックされてもX線検査してくれれば、単なる布の塊であることは分かるし、大人としてどうかとは思うが、やましいことは何もない!
と強気で積極的に見せたのである(ヤケクソ、もしくは捨てバチともいう。
すると…
「Oh,Japanese Cat」
と何故か英語で言ってねこ太郎の腹を押し、ミャオミャオ鳴らして遊び始めたのである…。
…。
……。
うん、分かるよ、分かる。
いるかいないか分からないテロ犯を24時間警戒して、観光客に嫌な顔されて持ち物検査するの、辛いよね。
きっと観光客対応の即席教育を受けさせられて、お互い通じてるんだか通じてないんだか分からない英語でしゃべってると、情けなくなるよね。
でもさ、私がどんなに頭が悪そうな平たい顔族*1の女であっても、一応不審物かもしれないもので遊んじゃアカン。
万が一私がズル賢い女で、ねこ太郎に爆弾でも詰めていたらエライことである。
何しろ警備しているのはイタリアの至宝の一つ、ミラノ大聖堂なのだから。
世界遺産というだけではなく、大聖堂が支える観光産業はミラノの基幹産業の一つでもある。
その重要な場所を守っているという気迫と緊張感が、少なくとも私にはあまり伝わってこなかった(控えめな表現。
警備にあたっている兵士の方も、ベテラン兵士は少なく、若いお兄ちゃんお姉ちゃんばかり。
もちろん緊急事態だし、まだ入隊して間もない新兵までかき集めたんだろうことは容易に想像される。
そう「武装警察や軍隊による警備を」などと世間は簡単にいうが、人材を集め教育し使えるようにするには一定の時間がかかるのだ。
何処の国も財政難で軍事費は一番に抑えたいところであるし、不必要な軍事力の増大は外交上の問題にすらなりうる。
余剰戦力など持っているはずもなく、急に国内警備に十全な人材を配置できるはずはない。
おまけにイタリアは世界遺産に認定されているものだけで51か所もある。
ほぼ町全体が世界遺産に認定されているものもあるし、認定はされていないが世界遺産級の美術品や構造物が納められた博物館なども数えきれないほどあるのだ。
重要な観光資源でもあり、それゆえに外国人観光客も多く、警戒も保護もしなくてはいけない。
本当の意味で「猫の手も借りたい」状態なのだろう。
それが端的に表れた警備状態であった。
その兵士はにっこり笑ってロクすっぽ検査せずに私を大聖堂に入れてくれた。
入隊したての新兵だったのかもしれないし、人の好い臨時雇用の兵士だったのかもしれない。
なんにせよ、イタリアのような経済的に厳しい観光大国にはテロ対策など土台が無理な話なのだと再確認させられたミラノ訪問であった。
*1‥漫画「テルマエ・ロマエ」参照。